“長丘”という地名について
    「長丘小学校創立20周年記念誌」(平成4年11月7日発行)から

 昭和36年(1961年)の土地区画整理に伴い、それまで「奥牟田」とよばれていたこの地区に新しい名前がつけられました。
 地元の人が中心となって、「赤嶺」「鴻ノ巣」「大牟田」「長丘」などの候補を出し合い、検討した結果、「下長尾」の「長」とこのあたり一帯が丘になっているところから、「長丘」、しかも、呼びやすく覚えやすく、書きやすく、すっきりしているとうことで、「長丘」に決まったとのことです。


福岡市町界町名整理審議会が「長丘」の地名を答申し、議会で決定
                福岡市市民局区政課への聞き取りから

 寺塚地区(寺塚、大池、長丘)の町界町名整理は、昭和43年(1968年)2月14日に行っている。
その経緯は、まず、昭和41年(1966年)9月30日開催の「昭和41年第2回福岡市町界町名整理審議会」に、寺塚土地区画整理事業終息に伴う町区域町名等変更について諮問がなされ、寺塚地区の新町名については、これから地元と協議するものとし、新町界案(町名はA,B,C,Dで表記)を提示し、了承を得た。
 次いで、昭和41年11月5日開催の審議会へ「寺塚地区の区画整理事業の終息に伴う新町界町名(寺塚・大池・長丘)について」が諮問された。このとき、「長丘」の地名が登場した。当時の資料が残っていないため、正確な経緯は不明だが、福岡市町名誌100周年記念(平成2年3月発行)によると、「長尾の丘陵地帯ということから長丘を町名として採用」との記載があり、地元と協議した結果、「長丘」に決定したものと考えられる。
 その後、昭和41年11月16日開催の審議会が、福岡市町界町名整理審議会規則第3条の規定により、原案を適当と認める答申を行った。この答申を受けて、昭和41年12月13日に町名変更の議案が福岡市議会に提出され、同月17日に議決された。これを受けて、昭和43年2月14日、福岡市が寺塚地区(寺塚、大池、長丘)の町界町名整理を行った。これによって、福岡市の公式文書等においては、「長丘」が正式な地名として採用されることになった。